学校図書館研究大会

人生最初で最後になるであろう公の学校図書館研究大会に参加した。その印象等を書き残しておきたい。(昨日も同じことを書いた。これは私の別ブログからの転載である)

会場が車で5分もかからないところだったので、アルバイトを休んで参加した。目的はインターネットがどの程度浸透してきているのかを知り、ひとり職場が多い学校図書館で働く人の実際の役に立つネットワークが作れるかどうかを知りたいと思ったからだが、その目的は、果たせなかった。

まず、告白から。私は10年ほど前になるであろうか、現役を引退したとき「図書館サポーターズネット○○」というものを立ち上げ、途中で投げ出してしまった慚愧すべき過去を持っている。

投げ出した直接的な原因は、「家族の病気」にあった。家族の一人が心の病気になり、それを心配したもうひとりの精神が不安定になって、時間のすべてをその対応にあてなくてはならない羽目になったからだ。説明責任を果たさないまま立ちあげたばかりの「図書館サポーターズネット○○」から脱落したのは、メンバーには申し訳なかったが、そうするほかなかったと今でも思っている。

ただ、今考えると、次に述べる要因で行き詰っていたかも知れない。それは、私が「ネット社会を過大に評価していたこと」にある。10年ほど前でも、ほとんどの参加者はパソコンを持ちメールくらいは出来る環境にあった。

したがって、「図書館サポーターズネット○○」の運営のほとんどはネットでできると思っていた。これが大きな誤りであった。誰ひとりとしてネットとの親和性を持っていなかったのだ。

10年は経過した今、図書館という情報を扱う部門で働いている人たちのネットとの親和性はどの程度強まったであろうか?これを感じたくて研究大会に参加したのだが、強まってはいなかったと言わざるを得ない。

もちろん、私も、パソコンには弱く、スマホ等のモバイル端末も所持していない「情報弱者」のひとりだが、「便利な道具だから使えるだけ使おう」という気持ちは強く持っている。

ちなみに昨日の大会は4団体の合同主催で、いずれの団体もホームぺ−ジは開設していない。おそらく当番校持ち回りの団体だろうから、ないものねだりというものだろう。ついでに大会名で検索してみると第56回大会がヒットしたが、これは東京書籍が案内したもので、独自のものではない。他にも3点ほどヒットしたが、いずれもタイトル程度のものであった。

今回の大会のPRも(主催者は必要性を感じていないと思う。閉じられた世界の閉じられた大会であってもPRは大切だと思う私には)残念ながらネット上のどこにもなかった。まして今回の記録がネットに現れることもないだろう。(私が明日にでも、ここで少し触れるつもりだが・・・)

研究大会は有意義であった。関係者が一か所に集まって、顔を見ながら話し合うことは大切で、これをネットで代行することは不可能である。ただ、それを補完する装置としてICTを使うことを考えていいのではないだろうか?それにまったく手をつけていないで、「情報を扱う図書館」で働き、生徒にいい影響を与える仕事が出来るのであろうか。

1年に一度、どこかのいい事例に学ぶのではなくて、失敗例でも、どんどんネット上に(県内有志に限定することも可能)発表しあって毎日学べる環境をつくればいいと思うのだが・・・。

日々の仕事で欲しい情報や疑問・質問に応えあう教え合う、そういう装置をつくったら、どんなに便利かと思うのだが・・・。

まず、学校司書の諸君に訴えたい。日々の仕事で欲しい情報や疑問・質問に応えあう教え合う、そういう装置をつくろうではないか!!私は死ぬまで手伝いますよ!!