私説・高等学校図書館論 6

休載中に、泥縄ではあるが「学校図書館の本」を何冊か拾い読みした。その結果、私が考えたことや言いたいことなど、すべて既に言い尽くされていたことが分かった。そこで、この「私説・高等学校図書館論」を書き続ける意義を考え直してみた。意義は、少しは残っているように思えた。

学校図書館の問題点は言い尽くされているのに、なぜ学校図書館の現状は貧しいままなのか」ということについて考える余地が残っていると思ったのだ。

私は「見えていない」という言葉で「学校図書館の諸問題」まとめようとしている。単なる印象表記で裏付けのない乱暴なまとめ方になると思うのだが・・・。
一般社会の人々の目に学校図書館はなかなか見えないものだ。それでも、授業参観等で学校を訪れる母親たちの目にだんだんと留まるようになってきた。そうして、かつて公共図書館が貧しかったころ、主婦たちが中心になり全国に「家庭文庫・地域文庫・子ども文庫」をたくさん生みだしたように、小学校図書館を見つめる人たちのなかから、直接ボランティアとして小学校に赴き、読み聞かせ等の活動をする人たちが増えてきた。同時に、小・中学校図書館の貧しさを憂える声が大きくなり、「図書館に人を」という要求が顕在化するようになった。ただ高等学校図書館には、「学校司書」という人が全校配置といえるくらいいたし、母親たちの関心も小学校図書館に寄せるほど強くはなかった。結果、高等学校図書館は、世間の目から「隔離」されたままになっている。

現在の学校の多くは安全管理上塀に囲まれていて、校門が開いたときにしか中に入れない。保護者は三者面談のときくらいしか校地に足を踏み入れない。学校自体が、ほぼ社会から隔離されている。
また、校舎内に入っても、先に引用した橋本紡の小説のように校舎の最上階に図書館はある。生徒からも、教員からも隔離された場所にあってもクレームが起きることはない。
高等学校図書館と言えば、「本を読むことが好きな一部の生徒の楽しみの場であり、勉強する人のための自習室だ」と理解されている。先生たちは別に図書館がなくても困ることはないのだ。

「図書館資料で何かを調べる?そんなふうに考える生徒はいません。調べ物はケイタイかスマホで済ませています。息抜きのための読み物くらいは要求する生徒は若干いるかもしれませんが・・・」
実際に私が聞いた現役教師の言葉だ。しかも図書部の先生の言葉だ。

「20年以上前に出版された百科事典が主なレファレンス・ツール状態」をなんとか新しい資料群にという思いなど、どこ吹く風とばかりにネット社会が追い越しているのだというのだ。
さらに「デジタル教科書」が一般化すれば、図書館は「学校教育に欠くことのできない基礎的な設備」には成りようもない。単なる読書施設でいいのでは?学校図書館界の目下の焦点は、その読書施設にさえなっていない現状を「学校司書」を置いて「おはなし会」「ブックト−ク」等々で活性化し、子どもを活字離れから守り、本好きの子に育てていくことにあたっているようで、その先を見すえた論議はすくない。

だから「学校司書さえいればなんとかなる図書館に司書教諭を配置せよだって?法律で決まっている?しゃーないなあ」こう校長は判断して、名目上の司書教諭が生まれる。70%の高校長がそう判断している。

3.見えない図書館を見える図書館にする

1970年の『市民の図書館』刊行から10年後1980年代に入って、日本公共図書館界はやっと活性化した(道半ばであるが)。
平成15年(2003)司書教諭義務配置から10年後の今日、学校図書館界は活性化しているであろうか?

2003年前後、司書教諭講習のために5科目の教科書が5つほどの出版所から発行された。改訂版が出る立派な教科書も多い。教科書が実践の書にならないことはない。が、5つもあったのでは実践のうえでは求心力に欠ける。また、教科書には教科書の宿命もある。全分野網羅的でこれまた求心力に欠ける。なによりも、「現状を打破して、こういう図書館をつくりあげよう」という熱意とメッセージ性を欠く。教科書である宿命か。

3−1 学校図書館を変えるのは授業改革だ!

先生にそっぽを向かれたままでは図書館は変わらない。一斉講義式で「一定の知識を生徒の頭に移していく」授業では、図書館は必要ではない。まず、一斉講義式ではない授業の面白さと効用を教師自身に理解していただくことが肝要だ。そのための「テキストと方法」の確立、ここに焦点をあてていかなくてはならない。

そのために何から始めるか?
司書教諭義務配置から10年、そう多くはなくても図書館を使った授業の実践例はあるだろう。それらを全国各地から集めようではないか。具体的に集めよう。実際授業の記録が望ましい(集める仕事は誰が担うのか。この作業全体の主宰者は?等々の問題は後ほど)
学校図書館の研修会での発表事例も集めたい。その際、生徒たちの反応や感想を忘れずに集めたい。
もうひとつ集めて欲しいこと。失敗例。やろうとしてできなかったこと。反対にあったとか、図書館資料がなくて、あるいは古すぎて出来なかったとか・・・。

私も直接的に言わなくてはなるまい。「全国学校図書館悉皆調査」が必要だといいたいのだ。(悉皆部分は「年間増加冊数」と「年間利用冊数」くらいで十分)各県に調査員を置き、「図書館を使った授業の実践例」を調べる調査体制を作り上げていく。全国に。各県に。この「全国学校図書館悉皆調査」体制を作り上げる作業の方がより重要だと思うのだ。「チームオールジャパン」の土台を作る作業だ。

さて、大風呂敷は、明日へとつづく。